最近面白いと思ったゲームの翻訳

 

 休職中でかれこれ半年近く翻訳の仕事も英語の勉強もしていない(今後するかもわからない)わけだけど、この時代において翻訳とは誰にとっても身近な存在であり、僕はそれを忘れて暮らすことなど到底できはしないのである。そんなわけで最近面白いまたは興味深いと思ったゲームの翻訳をいくつか書こうと思う。あらかじめ断っておきますが4000字以上あるのでこれを全部読んだ人はすごいです。

 

 

Borderlands 3 DLC Bounty of Blood から "Hey there Tomodachi"

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 アジアン西部劇とでもいうようなテーマの惑星ゲヘナを訪れたプレイヤー達は、最初にたどり着く街のイベントで住人に声を掛けられる。"Hey there Tomodachi. I'm Titus, sheriff's deputy. Come here for a sec. Let's have a chat."
 "Tomodachi" とは言うまでもなく友達のことで、この日本語も英語に取り込まれているのかというちょっとした驚きがあった。

 Urban Dictionaryには "Tomodachi""Tomodach" の項が確かにあり、Twitchで僕が見た限りでは配信者のアメリカ人やコメント欄の外国人も "tomodachi" の意味をわかっているような反応を示していた。Wikipediaの "Tomodachi" の項を見ると、「トモダチ」をそのまま "tomodachi" と訳して(?)いる作品は結構あるらしい。
 とはいえ、会話の中で自然に使える英単語というほどの溶け込み方ではなく、あくまで日本っぽい雰囲気をまとった "friend" の関連語くらいの認識が正しそうである。

 ところで、この "tomodachi" や "tsunami" など、借用語として英語になった日本語については、そのままGoogleで検索すると日本語のページばかりがサジェストされてしまう。そんなときはGoogleの言語設定を英語に変えれば良い。その語に関する英語圏のサイトがサジェストされるようになり、単語使用の実態がわかりやすくなる。

 

 

Apex Legendsからジブラルタルの "Boyfriend" とブラッドハウンドの "They"

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 ネタとしては結構前のものだけど最近Apexで遊ぶようになって知ったので。このゲームのいわゆるポリコレへの配慮は比較的有名な話(参考:『Apex Legends』のヒーローのうち、2人がLGBTQだとEAが明言 )であり僕も聞いたことがあったが、興味深いのはそのキャラクターの紹介文の翻訳である。

 公式HP(英語)のジブラルタルの紹介文で "(前略) However, he only began to understand the value of protecting others when he and his boyfriend stole his father’s motorcycle, took it on a joyride, and got trapped by a deadly mudslide." とされている部分が、公式HP(日本語)では「そんな彼も人を守ることの大切さを分かっていたわけではない。ある日彼は父親のバイクを無断で借り、男友達と乗り回していると、土砂崩れに巻き込まれてしまった」と翻訳されている。
 これはおそらくゲームの日本展開における都合不都合を踏まえた意図的な改変であり、(外注かどうか知らないが)翻訳者としては企業の指示通りに訳した(もしくは訂正された)部分に過ぎないだろう。これに関して良い悪いの観点では何も思うところはないが、翻訳・ローカライズという仕事の舞台裏、その苦労や気遣いが透けて見えてるようで面白かった。

 翻訳者として難しい問題は、どちらかといえばブラッドハウンドの "they" のほうか。ブラハはノンバイナリーというキャラ設定であり、公式HP(英語)ではブラハを示す三人称として "they" が使用されている。一方、公式HP(日本語)では「彼女」がその三人称として使用されている。この訳語もキャラクター設計に大きく関わる部分であり翻訳者の一存で決まったものではないと思うが、気がかりなのはノンバイナリーを示す "they" が海の向こうでそれなりに普及している一方で、日本語には同様の概念を示す良い言葉がいまいち無いことである。今調べてて知ったが半年前にはこんなニュースもあった。最初に挙げたゲーム Borderlands 3 でもプレイアブルキャラ FL4Kの三人称が "they" となっている。(男性っぽいが実際は機械なので性別がないため)

 この風潮に関して良い悪いの観点では思うことはないが、翻訳の視点でみれば "they" を彼・彼女でごまかせるのはいつまでだろうと思ってしまう。僕が知らないだけですでに良い訳語があるのだろうか。英語も "they" で固まるまでは "xe" が登場したりと迷走があった。訳語が無いなら無いで何か新しい日本語が必要となる。

 

 

Magic: the Gatheringの「お知らせ」

 

 かれこれ15年マジックで遊んでいるので、Wizards of the Coast社が出すお知らせは色々と読んできた。Wizardsはシアトルの会社なので、まず「お知らせ」は英語でリリースされ、そして若干の時差をおいて日本語でもリリースされるのが恒例となっている。
 Wizardsのお知らせの面白いところは、それがどんな内容であっても、絶対に謝らないことである。これはWizardsの特異体質ではなく、いわゆる「外資系企業と日系企業」というような二項対立においてステレオタイプとしてよく話される事柄である。僕は危機管理広報に関して一切何も知らないのでそのことの是非を語るつもりはないが、いつも素人目に外野から気の毒だと思うのが、Wizardsのお知らせを日本語訳する人がいることである。

 上記のお知らせはWizardsが昨今のBLM騒動に関して発したものである。《Invoke Prejudice(LEG)》を筆頭に一部のカードが人種差別的だとしてコミュニティの中で炎上し、同時期にWizardsが本籍を置くシアトルもまさに文字通り炎上していたものだから、Wizards的にはポーズとしてとりあえず行った措置であろう。このお知らせもまず英語でリリースされ、そして少しの時差を置いて日本語でもリリースされた。この間にこの文章を訳した人は、さんざん言葉選びで悩まされたに違いない。
 禁止措置は日本でも話題になり、このツイートにも大量のリプライがぶら下げられた。彼らはこの日本式でない、まさにアメリカンでヒロイックな宣言――しかしそれは日本語で書かれている――を読んで、どんなことを思って罵詈雑言を投げつけているのだろうか。彼らが投げつけるクソリプは、直接的にではないにしろ、翻訳者の頭をかすめてWizardsにぶつけられている。昨今の誹謗中傷問題は、企業の翻訳者にとっても対岸の火事ではないなと感じた事件であった。また、こういった広報的な文章を訳す機会がある人は、その方面の勉強もしてしっかりと「武装」している必要があるようだ。

 

 

Magic: the Gatheringの《サメ台風/Shark Typhoon(IKO)》

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 後味の悪い例でマジックを引き合いにだしてしまったのでもう一点。怪獣をテーマにしたマジックのセット「イコリア」では、人はおろか船をも丸呑みにするような恐ろしい生物としてサメが何種類も登場する。最近(といっても3か月前)イコリアの発売記念イベントに遊びに行ったとき、友人が何気なく言っていたことが印象に残っている。そのサメ好きの友人曰く、《サメ台風/Shark Typhoon(IKO)》の日本語名が「鮫」でなく「サメ」になっているのがサメ映画へのリスペクトを感じて良いらしいのだ。

 Whisperで "shark" にあてられている訳語を調べてみると、シュラバザメやシュモクザメといった種の名前らしきもの以外は必ず(カード名としては)「鮫」という漢字を使っている。Wizardsの翻訳者が使用しているであろう用語集もとい訳語データベース的に《Shark Typhoon》は《鮫台風》になりそうなものだが、実際には《サメ台風》として印刷された。それはこのカードがサメ映画『シャークネード』のオマージュであり、サメ映画において "shark" は「鮫」でなく「サメ」だからであろう。この細かな違いが「サメ」好きな人にとっては良いのである。概して翻訳者は翻訳に着手する前に調査の時間を設けるが、その調査が不十分だと原文に込められたユーモアに気づくことができない。ボケ殺しにならなかったこのカード名、これはとても素晴らしい翻訳だなぁと感心させられた。

 翻訳はAIが得意とする分野の一つであり、翻訳業界では翻訳者とAIの共存が昨今の重要なテーマである。僕がサブスクしていた翻訳者コミュニティの定期雑誌も、毎号のように「AIと支えあう翻訳」「機械翻訳のクセを知ろう」といったトピックに紙面が割かれていた。将来翻訳者は消えると断言する者までいるが、上記のようなユーモアを生かす翻訳は、いまはまだAIが苦手とするところであると感じる。AIにサメ台風をサメと訳させるには、それなりに偏った教育が必要となる。

 こうして書き起こしてみると、セクシャルマイノリティとのセンシティブな関わりやAI分野の圧倒的成長など、翻訳者が小さな船で漂う大海は常に台風で大荒れである。もっとも、そもそも言葉は日々進化するものであるから、この海に吹く風が凪ぐことは絶対にない。