《血染めの月/Blood Moon(A25)》1

 

 いつか正気を失った私がこの街のどこかで野垂れ死ぬとすれば、警察か、探偵か、あるいは物好きな変わり者か、誰であれ私の家を探し当て、その変死の原因を探りに来るものがいるであろう。そのものが扉を開く日に備え――そしてその日はそう遠くないものと思われる――私は知る限りをこの手記に書き残しておかねばならない。


 まずもって、読み難い赤色のインクでページを埋め尽くすほど書き殴る非礼をお許し頂きたい。これは私なりの武装である。「群勢」が押し寄せるであろう血染めの月の日に、赤いインクは月明かりと混じり合うため読まれる恐れがないからだ。同様に、群勢の目を欺くために、私の部屋は何もかもを赤く塗りつぶしてある。部屋に一歩踏み込んだものは誰でも私を「気狂いだ」と思うに違いないが、この通り、今この手記をしたためている私の判断力は至って正常である。全くもって冷静な思考をもって、なすべきこととしてペンを取っているのだ。この手記が然るべきものに読まれることを願ってやまない。群勢の監視を受けている私は、このような形でしかこの街に迫る危機を他言できない状況にある。

 

 私があえて赤いインクを使う理由は、実のところもう一つある。それを認めることは真に恐ろしいことであり、吐き気を催すほどであるが、全てをこの手記に書き留めるという決意のもとにペンを取った私は、その恐怖とも向き合わなければならないようだ。要するに、私は血の如き赤を見ると、どこか気が鎮まる心地を受けずにはいられないのだ。血の如きとはつまり、あの血染めの月明かりを思わせる赤色を指す。(実際のところ、赤いという形容詞はあの月の光の性質を指し示すに良い言葉ではない。それは赤より赤く、私達はその色を表現するに適した言葉を持ち合わせていない。これはこの赤い月が、人智を凌駕した宇宙的恐怖、超越的存在の仕業であることを示すなによりの証拠である)

 

 この冒涜的な月の光に争い難く惹かれてしまう私は、既に人ならざるものの領域に足を踏み込んでいることだろう。現に私の脳裏では、今も月の声が反響して止むことがない。それはほとんど発音することも叶わない混沌そのものであり、忘れることもないあの日から、声にあらざる声として私の神経を蝕み続けている。あの日とは、亡き旧友ブレント・B・ウォレスと最後に夕食をともにした日である。私が初めて名状し難い血塗りの月を見上げた日であり、およそ関連付けられるべきでなかった歯車同士が噛み合いはじめた終末への第一夜である。

 


続き

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