《霧中の到達/Reach Through Mists(CHK)》

 

吸い込まれそうな暗闇の中、平坦でまっすぐな道が遠くへ伸びている。

その道をゆらゆらと弱々しく進む、丸い赤色の光があった。

赤色の光はこの暗闇をずっと漂ってきた。特に目的も無いようだったが、止まることはしなかった。赤色はきまぐれにその日その日が何日目か数えていたが、この数字もそのうち意味を失った。

 

暗闇の中で、赤色は孤独な存在ではなかった。赤色の周囲には様々な光が漂っていた。

青色の光、一定の色を持たない光、眩しい光、ひと際大きな光・・・。

赤色に興味を示して近寄ってくる光もいた。赤色自身が関心を持って他の光を追うこともあった。

赤色は自分がこうして歩み続けている理由に気付きたくて、色々な光と話しあった。けれど、腑に落ちる答えを教えてくれる光はいなかった。

 

あるとき、赤色は自分を照らすぼんやりとした月の光に気が付いた。不思議なことに、月の光だけは赤色が話しかけても返事をしてくれなかった。

月の光をまといながら赤色は進んだ。なんであれ、月の光は赤色が歩みを止める理由にはならなかった。

 

 

 

 

色々な光と触れ合う中で、赤色はいくつか好みの光を見つけた。赤色がひと際惹かれたのが、大きな七色の光と、小さな緑色の光だった。

七色の光は、赤色が向き合うたびに違う色に変わって赤色を楽しませた。一方、緑色の光は赤色の光とよく話が合った。

 

赤色は何年もこの2つの光を伴って進んだ。1つの時より道は明るく、目的は見えないながらも歩みは順調だった。

 

しかし、3つの旅はそのうち終わりを迎えた。赤色は突然毒性の強い光を放ち始め、緑色は赤色の隣に居続けられなくなったのだ。

赤色が自身の毒性に気が付くまでには時間がかかった。気付いた頃には、緑色と赤色は完全に決裂していた。

七色は赤色の毒性には強かったが、その頃七色に対する赤色の興味が消えうせていた。

緑色と七色を遠ざけ、赤色は1つで彷徨い始めた。赤色の光は弱まり、もはや自分では数センチ先の道を照らすことすらできていなかったが、月の光が赤色に道を示し続けた。

 

 

 

 

呆然とする日々。いつしか微弱な赤光の関心は、この苦しい世界自体へと向けられていった。

この道はどこへ続いているのだろう?この闇が晴れた時、そこには何があるのだろう?辺りを漂う他の光について、赤色に関心を示すものがいるのは何故だろう?

赤色は他の光との対話を止め、歩みも止め、思索に耽るようになった。

 

 

組み立てた理論を証明すべく、大きく道を外れてみたりもした。結局、そんな探求の果てに、赤色が知り得た真理は何もなかった。

いよいよ赤色の光は消えかけていた。怖くなって思考をやめた赤色は、漂うことしかできることがなかったので、再び道を進みはじめた。

 

 

 

 

フラフラと道を浮かんでいくと、消えかけの赤色に対しても関心を持つ光はたくさんいた。

赤色とじゃれ合いたがる光、赤色を利用しようとする光、赤色に好意を寄せる光・・・。

消えかけで死に体の道行きは、無為な思索の日々よりもよっぽど刺激的で愉快なものだった。

 

いつしか赤色は物事に絶対的な意味を見出すのを止め、その偶然性を楽しむようになった。

意味を帯びて生まれたものなど何もなく、全ては他者との関わりの中で、 "本来的にそうあるかのように" たまたま今そうであるだけなのだ。赤色がこの道を歩み続けるのも。赤色が赤色に光るのも。「赤色」という言葉がとある色覚刺激と対応関係を持つことすらも。

このように考えると、赤色はとても気が楽だった。赤色の歩みは、かつて3つであった時のように調子をあげた。

 


あくる日もあくる日も赤色は様々な光と出会った。相対の連鎖は、赤色を茶色や緋色へと変化させることもあった。
赤色はそれすらも気にしていないようだった。むしろ、赤色はその偶然的な移ろいの行き着く先を見たがった。

 

赤色をとりまく世界は、めまぐるしくその意味を変化させた。赤色にとって、それは心地よい世界だった。

変転の渦の中にあって、いつまでも変わらないものは平坦な道と月の光だけであった。

Pauper

 


 《噴出/Gush》《目くらまし/Daze》《ギタクシア派の調査/Gitaxian Probe》がPauperで禁止に。

デイズ退場によって株価をあげる4~5マナのカードは多そう。《宮殿の歩哨/Palace Sentinels》とか《熟考漂い/Mulldrifter》とか。

Pauperの2色デッキは多くが平然とタップイン土地10枚前後使っているせいで、ミッドレンジのマナ域でもデイズをケアする側は大変だった。中速デッキにはうれしい裁定。

 

 

ざっくりこれまでのPauperは、青系テンポデッキが...

トロンとバーンに対して微有利~有利

白系/黒系/青系ミッドレンジに対して互角~微不利

その他有象無象に対して基本的に有利

...といった感じで何にでも勝てた。デルバー使い得である。

 

 

そんなわけで手痛い禁止を被った青系テンポだが、それでもバーンに対しての有利は維持できてそう。トロンに対してもたぶん微有利維持?一方ガッシュ無しでミッドレンジとバリューゲームは無理(...綿密な分析とか使う?)という感じで今後のメタゲームはこうなると予想↓↓

 

青系テンポトロンやバーンに有利

トロンやバーン白系/黒系/青系ミッドレンジに有利

白系/黒系/青系ミッドレンジ青系テンポに有利

 

アーキタイプ的には綺麗な三竦みである。実際はカードパワーとかデッキパワーの兼ね合いで白系ミッドレンジとトロンが台頭しそう。

 

ストンピィ・ゴブリン・スリヴァーなど、クリーチャーベースのアグロデッキは結局《ボーラスの占い師/Augur of Bolas》《虹色の断片/Prismatic Strands》《一瞬の平和/Moment's Peace》がキツすぎてスタートラインにも立てていない。

WotCはエターナル向け拡張セットでPauperのアグロ戦略を補強しようとしているみたいだけど、問題なのは強すぎるFogなんだよな。

 

 

 

 

・・・個人的には、青系テンポ同型戦が楽しくてPauperやってたのでガッシュ退場が悲しい(T_T)

最近調整していたデッキも無事いかれたのでここにお焚き上げ供養します。

 

f:id:yumetorae:20190522080540j:plain

 

f:id:yumetorae:20190522080544j:plain

 

 結構勝てて珍しくレーティングも高めの水準だった。でも、ドスコイミッドレンジとぶつかり稽古するゲームになるならこんな細いデッキ使ってられない。

計40チケで買ったDazeを計6チケで売り払って次の戦いへ(T_T)(T_T)(T_T)

オムライスが食べたい

 

 

いいね!そうしよう。僕もオムライスが食べたい。あれ、どうして僕はオムライスが食べたいんだろう?ラーメンでもカレーでも無く...

 

はいはい、いいからオムライスを食べに行こう!ホワイトソースがたっぷりかかったヤツ!

 

ホワイトソースいいね。僕もそんな気分!んー?でも、なんでトマトソースでもデミグラスソースでもなくホワイトソースの気分なのかなぁ...この色は僕の潜在的な欲求を象徴しているのかも...例えば絵画のアレゴリーにおいて白はどんな意味があったか...

 

ごちゃごちゃうるさいなぁ!

 

 

 

 

あーおいしかった!初めて来たお店だけど、アタリだったね!

 

おいしかったね~。なんだか満たされた気分...でも、なぜオムライスを食べたかったのかわからないから、何が満たされたのかわからない...カレーでも同じ気分になれたかな?

 

どうしてそんな風に考えてばかりいるの?

 

僕自身の感情や判断を分析することで、僕の本質が見えてくるような気がするんだ。自分の本質を知ることで、ようやく僕は本当の幸せに向かって歩みだせるんだ。

 

ロマンチストだね~。オムライスを食べて満たされている今だって、キミはその「本当の幸せ」を感じているじゃないか。幸せなんて、実は掃いて捨てるくらいありふれている。考えて求めるほどのものじゃないよ。

 

そうかなぁ。

 

人生なんてそんなもん。頭はもっと有意義なことのために使うの。例えば、ゲーム。そうだ!昨日出たポーカーのトーナメントで凄く難しいボードに直面してね。私は100bb持ちで、COでQQが配られたんだけど......

Bet

それほど広くない道で、スポーティな自転車が車道の脇を走っている。すぐ後方を走っている車が、より安全に追い越せる瞬間を待つか、少し危ないと思いつつも今抜き去ってしまうかで悩んでいる。通勤の時間帯によくある光景だ。


僕が普段車を運転する時は、こうした自転車を何気なく追い抜いている。それでも自転車と隣会う数秒前には、「この自転車が車道側に倒れてきたら終わりだ」といつも思う。幸いにして、こういった自転車が実際に倒れてきたことは今まで1度もない。しかし、(何の根拠もない数字だが)10,000回自転車を追い越そうとしたら、1回くらいは自転車が倒れてくることもあるだろう。自転車を追い抜こうとするたびに、僕は1/10,000の確率で人殺しになる。

 

ふと、もし人生をポーカーに見立てた時、僕はこの選択で何を得るため何を賭けているのだろうと考えた。

何事もなく自転車を追い抜けた時に得られるものは、わずかな時間である。それに対して僕は人殺しのリスクを負っている。現代日本で人を轢き殺して、その後どれだけ明るく楽しい人生を過ごせるだろう。車道で自転車を追い抜くにあたり、僕はわずかな時間的余裕のために余生をオールインしているといっても過言ではない。バンクロールマネジメントの観点で言えば、財産"全て"を一度に失うギャンブルはしてはいけない。人はもはや車に乗るべきではない。

 

・・・実際問題として、そんな理想ばかりは言っていられない。運転はもとより、食事、スポーツ、入浴、睡眠――身の回りの何においても人生が一変する危険は潜んでいる。1ハンドで簡単に人生のバンクロールは崩壊するが、それを恐れ続けていては日常生活すら送れない。人は驚くほど頻繁に人生をオールインしていることに気付く。

 

繰り返されるオールイン勝負は、負ける方が難しいような勝負ばかりである。自転車の例は9999/10,000で得をする勝負だ。実質負けないのだから構わないと考える人もいるだろう。それでも不要な勝負は控えようと考える人もいるだろう。

僕は、その勝負に挑む動機が大事なのだろうと頭では考える。本来、なんとなく目障りとか、ただ会社に1〜2分早く着きたいという理由では、自転車を追い抜く――つまりバンクロールを危険に晒すべきではない。自転車を追い抜いて得られる時間で大事な何かを実現したいなら、勝負をしても良いかもしれないと思う。

 

そんな大事な何かを今は持ち合わせていない。実際は毎朝何も考えずに自転車を追い抜いている。まぁそれはそれでいいのかもしれない。

Pride

"As a fellow Japanese, I am proud of him." I often hear the phrase through various media, especially in Olympic season.

I am also Japanese, but I always feel nothing when I hear any success of other Japanese whom I do not know.

In philosophical meaning, I cannot think of my nationality as my identity. I did not choose Japan as my home country. I was born as Japanese just by luck or something. I do not hate Japan since Japan is rich, confortable to live in, but that will not be a reason why I am proud of Japan, because I did nothing for the richness at all.

Japan is a beautiful masterpiece of other artists, not mine. I like Japan as a great work, but, for me, it will not be a part of my self-identity. 

Record

Salvaged my first English diary from web cashe for the purpose of record.

 

 

***


Time is a river without banks

June 24, 2018

 

Starting today, once a month or so, I am going to write my half-baked, gloomy, and unintelligent thoughts in English to improve my shit language skill. I think almost everyone visiting here is Japanese so only a few people can understand what I am writing, but it does not matter to me. Perhaps it works rather better because that means, to some degree, I can write whatever I want here as long as it is in English. You (if no one reads this blog as my guess who is "you"?) may well say that I should buy a notebook to practice English and to write literally anything if I am actually afraid of someone's eye, sounds right, but that is just not my style. I have loved to express myself through blogs since I was a cute secondary school kid. Anyway let's get started.

 

1. Simplified

Time flies like an arrow. Two years and a half have passed since I graduated from university and got an full time job. There were too many twists and turns over the last two years though.

Compared with two years ago, I lost interest in large part of things which once I have enjoyed. My life is really simplified now. Just a few years ago, I loved to play games competitively, loved to listen to various genres of music, loved to study the history of Christianity and theology which were my majors, loved to see painting arts at museum, loved to talk with my girlfriend, and loved to do serious consideration about things which may not be answered easily and clearly. In addition, I had a part time job as a cram teacher, I had some university homework, et cetera, et cetera...

In contrast, things I am doing these days are to work at same office, to enjoy (not competitively) some PC games with same friends, and to get to sleep at the same hour. That is everything consists of me now. This may sound negatively for some of you but I actually enjoy the simple life now. In fact, I had a sleeping disorder a few years ago, which was never improved during my university life, but now I can sleep whenever I want to sleep at night. Having enough sleep is just great, I can say without any doubt that I have certainly better mental health compared to before.

At the same time, however, I am feeling like I am now a totally different person with same name and same face as I was in university. I believed the interest listed above was my identity, but my heart is not moved by those things any more. Then who am I at the present time? Or, conversely, who was I at that time?

 

2. Water

Japan is in early summer now. The temperature is already too hot to go outside. Forgetting to hydrate inevitably leads to a ghastly demise. So I am forced to go convenience store and grab a drink every single time I go out.

Coke and ice coffee have been my favorite choices for a long time, but recently I found a strong challenger who could possibly make inroads into the two. Her* name is Sugar-free Sparkling Water. Sugar-free Sparkling Water is basically water, so I do not need to care anything to drink, my weight and caffeine for example, which is nice. She also makes me enjoy and refreash by the fizzy mouthfeel. Sounds like perfect.

As for the taste, at first I did not like it so much, but I am feeling so-so after some tries. I remember coke and coffee were also like the case of sparkling water. At first I disliked their tastes but I love them now. What does this indicate?

 

*I googled and found that the word "water" is female as grammatical gender in French language, so I used "her" as a pronoun of sparkling water. I do not know whether this is correct in English or not.