誤訳とは

 

ここ最近以前にも増して「MTGの日本語版製品の翻訳がひどい」という話を聞くようになった。WotCローカライズにいくら予算をとっていて、どこの(=何が得意な)翻訳会社あるいは個人と契約していて、そこでどんな翻訳メモリが共有されているのか、あと納品された成果物をWotC社内でレビューしているのか、全て気になるところです。誤訳が~誤訳が~と頻繁に聞くようになったのはわりと最近な気がするし、お得意先を変えたばかりか、あるいは翻訳を内製化し始めたばかりという可能性もある。

こうして翻訳にかかわる要素を色々あげつらってみると、やはり翻訳の質は「依頼する側」に依るものが大きいとわかる。まぁ僕は思いっきり翻訳者の方に肩入れしてるからこういう結論に至るのは当然なんだけど......。なんであれ部外者としてはユーザーがどういう翻訳を誤訳と感じるのか、またどういう誤訳に目くじらをたてるのか、色々と勉強になる。

 

翻訳はとても身近なものである一方で、多くの矛盾を孕んだ実態のない営みでもある。例えば『翻訳すること』の定義を下記のように設定してみる。

 

翻訳すること: 言語Aで書かれた文章aを、意味内容を維持したまま、言語Bで書かれた文章bに置き換えること

 

この定義は一見違和感なく受け入れられそうだが、果たしてそんなこと可能なのか?というとぶっちゃけ厳密には不可能である。本来的には、ある言語の単語が別の言語の単語と意味的な対応関係をもつことはない。このことは翻訳の不可能性として知られている。

 

例えば "hello" の訳語が『こんにちは』として了解されているのは、挨拶としてのそれらが持つ機能がある面において似ているからに過ぎない。異言語間には絶望的なまでの文化的隔たりがあり、"hello" の持つ敬度・信用度などのニュアンスは『こんにちは』という外国語を用いた時点で消えてしまう。"blue"と『青い』、"papillon" と『蝶』、どのような品詞のどのような単語の組み合わせにしても本来はそうである。

 

しかし、僕達は言語や文化圏が異なる人とも『まるで意思疎通がとれているかのように』ゲームをして言葉で罵り合ったり讃えあったりすることができる。しかも、本来的な意味において全てが間違いであるはずの翻訳に『誤訳』というレッテルを貼ることができる。これは、"hello" はとりあえず『こんにちは』とかで表しましょう(表してもいいでしょう)、というような人間同士の約束が体系として構築されているからである。してみれば、『翻訳する』という行為は、実践的な意味に於いては『約束を果たしていくこと』とも言い換えることができるかもしれない。

 

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人間が翻訳として為す約束にはどのようなものがあるだろうか。

もっともわかりやすい類型としてまず『単位』がある。センチメートルの訳語が "centimeter" ないし "cm" となるのは、同じ尺度で物の大きさを図りたいという人間の要請による。センチメートルのような単位は国際単位系で世界的に意味が定められており、訳語もしきたりに倣うものとして努力されている。

『単位』タイプの約束は、誰にとってもその約束が成立しなければならないという特性を持つ。例えば次の例は『単位』タイプの約束を違えてしまった誤訳例だと考える。

 

 

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テキスト欄において "void counter" の訳が『虚空カウンター』と『虚無カウンター』になっている。カードのテキスト欄はゲームのルールを定義する欄なので、"void counter" は一つの単位として扱われるべきであり複数の訳語を持つべきではない。

マジックの場合、このタイプの誤訳は日本語公式が後日『製品についてのお知らせ』として訂正する場合が多いように思う。『単位』系の誤訳は翻訳者の言語能力とは別の部分で生じてしまう誤訳なのが難しいところ。言語能力うんぬんはさておき僕も無限にやらかした。一つの案件を別の担当と協力してやってるときとか特にやりがち。

もっとも、このタイプの誤訳を減らすのは校閲者の仕事である(もちろん翻訳者の仕事でもある)校閲やネイティブチェックの手厚さは依頼主が翻訳会社に支払う金額の多寡に直結する。ローカライズにどれだけ力を注いでいるかの一つの指標にはなる。

 

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次は単位系とは別の約束の形態として、《下賤の教主》のフレーバーテキストを挙げる。《下賤の教主》は《貴族の教主》を元ネタとするカードで、マナコストや能力、イラストはもとより、フレーバーテキストにおいてもそのことが示唆されている。

 

 

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 He protects the fetid bog from light, life, and the hideous sound of laughter.

(下賤な教主/Ignoble Hierarch)

 

She protects the sacred groves from blight, drought, and the Unbeholden.

(貴族の教主/Noble Hierarch)

 

同じ動詞 "protect" を使っているうえに文構造も列挙している事柄の数も一致しているので、この二文は対応関係を持っていると言えるでしょう。では日本語版はどうなっているかというと......。

 

彼はその臭い沼を守っている。光と生命と、忌まわしい笑い声から。

(下賤な教主/Ignoble Hierarch)

 

彼女は聖なる木立を、疫病や旱魃や下層の人々から守っている。

(貴族の教主/Noble Hierarch)

 

貴族の教主が一文で済ましているものを下賤な教主は二文にしており、文型での対応関係は消えていると言える。しかし下賤な教主の訳はSVの間の中膨れを避けた言い回しで、そのうえ余韻があって個人的には良い。果たしてこれは誤訳だろうか?

下賤な教主の翻訳者がどのような約束を果たすべきだったかを考えてみる。

 

仮定1: 英語で書かれたフレーバーテキストを、意味内容を維持したまま日本語にする

下賤な教主の翻訳者は仮定1においては約束を果たしている。もちろん言語哲学的な翻訳の不可能性は無視している。辞書的な意味で訳語選択が正しい。おまけに文もすっきりしている。

 

仮定2: 英語で書かれたフレーバーテキストを、貴族の教主との関連性を示唆しつつ意味内容を維持したまま日本語にする

下賤な教主の翻訳者は仮定2においては約束を果たしていない。もし貴族の教主との関連性を強調するのであれば、例えば『彼はその臭い沼を、光や生命や忌まわしい笑い声から守っている』などとするべきであった。

 

ところで、意味内容を維持したまま言語を置き換えることは翻訳行為の前提だとして、『貴族の教主との関連性を示唆する』ことはいったい誰が要請しているのだろうか。

まず間違いなくマジックファンの一部はこのことを要請している。例えば上で引用させてもらった教主について述べるツイートは100件リツイートされており、ファンの中で一定の共感は得ているものと思われる。

では日本語版下賤な教主を制作したWotCは、翻訳者に『貴族の教主との関連性を示唆する』ことを要請したのだろうか。

それはわからない。つまり、WotCと翻訳者の間で為された約束は仮定1であって仮定2ではなかったのかもしれない。

WotC仮定1の通り約束したのならどこにも誤訳はないことになる。しかしファンはどうも不満そうである。一体なぜこのようなことが起きるのだろうか。

 

これは『下賤な教主』系の約束が『単位』系の約束と異なり、必ず果たされることを前提としていないからである。『下賤な教主』系の約束を要請しているのは概して翻訳者と契約を結びえないエンドユーザーである。要するに下賤な教主の約束はファン(つまり狭いコミュニティ)が一方的に果たされることをただ期待していた約束なのかもしれない。とすれば、訳出されていないとしても必ずしも誤訳とはならない。

 

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ファンが期待しているだけというと聞こえが悪いが、ファンがこの手の『お約束』に寄せる期待はかなりのものである。

例えば《サメ台風》が《鮫台風》じゃなくてよかったというような話を前日記に書いた。"Shark Typhoon" の "Shark" が『鮫』でなく『さめ』でもなく『サメ』なのはファンが期待する約束であり、ゲームとしてはどれでも構わない。しかしサメ台風の場合はWotC若しくは翻訳者がその期待をくみ取り製品に反映した。そしてサメ映画ファンにはそれがとてもよかったのである。

『単位』系の誤訳として挙げた《スフィア・オヴ・アナイアレーション》も、カード名が《滅殺の宝球》や《スフィア・オブ・アナイアレーション》でないのはこの期待の反映によると思われる。なんとかレルムズのカードプレビューで連日D&Dファンが沸き返っているのを見ると、やはりその点ではとてもいい翻訳ができているのだろう。

 

ローカライズの質が褒められる作品は、得てしてこのようにファンの期待を実現している。翻訳者としても努力すべき部分だが、しかし翻訳者にとって、契約当事者でないファンの期待は対価を得るために必ずしも実現しなければならないものではない。

翻訳者と面と向かって約束できるのはあくまで翻訳委託者であり、結局のところ日本語版の品質はWotC次第なのである。