《嵐雲のカラス/Storm Crow(7ED)》

 

 荒れ狂う風雨がかれこれ一時間は窓を叩き続けている。いつものようにソファで本を読んでいるさいか様も、ごつんごつんという窓の悲鳴が読書のお供ではページの進みがよろしくないようだ。数分おきに本を閉じては、コーヒーがなみなみ入ったマグカップを手に取って不安げに外の方を眺めていらっしゃる。
 私の鳥籠は窓際に吊るされているから、格子越しに大荒れの町の様子がよく見える。通りを行き交うのは吹き飛ぶビニール袋と壊れた傘のみ。人はおろか空を飛ぶ鳥もいない。こんな天気の日は特に、こうして人に飼われるのも悪くないと感じるものだ。建物の影で心細げに身を寄せ合っているであろう仲間のカラス達を思えば、今の私は恵まれている。さいか様に拾って頂けるきっかけとなった翼の怪我に、今日ばかりは少し感謝してもいい気分である。

 

「おまえも外が気になるか」

「はい。ですが、心中はむしろ台風一過のごとく穏やかです」

「はやく止むといいな」

 

 ぼんやりと外を見ている私を気にかけ、さいか様が声をかけてくださった。返事をしたものの、どうにも話が噛合っていないところから察するに、やはり今日は私の言葉をわかって頂けない日であるようだ。

 日によってさいか様と私は普通に会話ができる。一週間のうちに二回ほど、その不思議な時間は訪れる。何が条件なのかは皆目見当もついていない。その瞬間私が人語を話しているのか、さいか様がカラス語を理解されているのかもわからない。なんであれ、さいか様とお話ができるのは嬉しいことだ。前回言葉を交わすことができたのは四日前だっただろうか。周期的に次回はそろそろに違いない。

 

 一瞬、部屋の中が真昼のように白く明るくなった。稲光だ。数秒の間を置いて、空が割れたかと思うほどの轟音がやってきた。どこかに雷が落ちたのだろうか。あまり遠くなさそうだ。

 

「夏がやってきたんだ」

 

 雷の音が去った後の一瞬の静けさは、さいか様の抑揚のない呟きを一層印象的に聞こえさせた。
 夏。さいか様にとっては、この横殴りの風雨、吠え狂う雷こそが夏の象徴なのだろうか。私が夏という言葉によって思い返すのは、きらきらしたがらくたで溢れかえる焼けた浜辺である。逃げ場なく降り注ぐ日差しのもと、海水浴や釣りをする人間をからかって遊んだ日々。私はどちらかといえば夏が好きだ。一方、病的に色白なさいか様が太陽の子でないことは一目瞭然である。

 今度お話する時は四季を話題にしてみよう。さいか様はどの季節がお好きだろうか。そういえば、コーヒーの味についても尋ねようと思いつつまだ聞いていない。さいか様がよく焚かれる香の名前についても、テレビ台に立てられている青い月の写真についても――。

 意識が遠くの海を旅しているうちに、窓を叩く風が少しだけ弱まったように感じる。さいか様ははやく止むといいと仰っていたが、私にはなんだかこの雨と音が名残惜しく感じられた。嵐に未練を感じる鳥が一体どこにいるだろうか。私はとっくに人間にでもなったつもりでいるらしい。